料理に関心が無いわけではないが、これは料理本として紹介するのではない。
私たちの仕事(ArsX)の目的は、音楽や美術の分野においてできるだけ美しいものや感動的なものを、一般の人々に紹介することである。情報化が過度に進んだ今、個人が自分だけの力で本質的に美しいと思えるものや真に感動的な芸術作品を数多く見つけることは難しくなってしまった。(と思われる。もちろん、そう思わない人もかなりいるだろうが。)
そもそも、あらゆる感動的なものにカワイイを連発する昨今の日本の女の子を観ていると、美と言う概念に対する認識がかなり希薄なようだ。そんな訳もあり、このような本を紹介するのは格段の意味がある。
仕事柄、めぼしい美術本にはできる限り目を通すようにしているが、涙が出るほど美しくて人に薦めずにはいられない… というレベルのものにはなかなかお目にかかれない。そんな中で出逢った衝撃の一だが、美術本ではなく、料理本なのである。それはまさに、「美術」とされてきた概念(というか現象)が今日置かれている状況を物語っているようだ。
ヴィジュアルなアートとして、あまりに美しい画像がたくさん掲載されているので、何冊か用意して周囲の知人や「美」に関する仕事をしている人たちに見てもらったり贈呈したりしている。誇張でなくて実際、今日展覧会や画廊や本で観る現代アートの作品の 99.9%よりも「美しい」「作品」が満載されているからだ!!
要するに、美術よりも料理の方が美しいという倒錯が起きている。(ある領域においてその本質たる特性の進化が飽和すると、より高度な進化を目指すには領域の境界を取り去るしかない、ということなのだけれども、これについては稿を改めて述べたい。)
もう一つ、多くの日本人にこの本を見てもらいたい理由。何の義理もないが、私自身ときどきデンマーク人を自称していたりするので(実際、かつて、十数年滞在し永住権も所持していた)、四半世紀経っても文化的にはそういう誇らしげな気分なのである。
この本の作者であるレネ・レゼッピは、32歳のシェフとしてコペンハーゲンのレストラン、ノーマ NOMAを率いる。ミシュランでは2つ星だが、最近話題になる「世界のベスト・レストラン50」で、昨年に引き続き今年も一位に輝いた。
この6月には日本語版も出た。レシピを研究するには良いかもしれないが、食材の多くは入手の難しいものだろう。そのローカルな食材こそが、インタナショナルなレストランとして最先端のトレンドを牽引するNOMAの特徴なのだ。美しい画像だけを堪能するのなら、半額近い英語版でよい。
さらに… 美しい画像だけを堪能したければ、世界中からプロやアマチュアの写真家がこの店にやって来て実際に食事をしながら撮影した写真がネット上に多数アップされているので、それを眺めているだけでお腹が一杯になる。驚くことにその中には、この本に載っている写真以上に美しいものも少なからず有るからだ!!
英語版 と 日本語版
ところで私は、あらゆる面においてデンマークが素晴らしい国だと言いたい訳ではない(もしそうなら、今でもデンマークに住んでいるだろう)。デンマークという括りで紹介するならむしろ、社会的な問題に関心を持つ方にぜひ読んで頂きたい本があるので、紹介しておこう。私が知る限りでは、日本人で初めてデンマークの社会的問題を研究しておられる鈴木優美さんによる、たいへん優れた著書。
全く性格の異なるものを比較するのは妥当ではないが、人によっては NOMA の本よりこちらの方が面白いだろう。後日改めて紹介しようと思うが、この全く異なるジャンルの2冊を併せ観る/読むことで、デンマークという国の素晴らしさ、多様性、可能性とその限界、などに対するインテグラルな理解をいっそう深めることもできるだろう。